【私の起業ストーリー①】どうしてレジンアクセサリーを仕事にしたの?

どうもです!

クラフト作家が習いに来るレジュフラワー・UVレジンアクセサリー教室
「P*(ピィ)ハンドメイドアクセサリー」の三上美幸です!

 

日本レジュフラワー協会の理事をし、
年間で500人の方にレッスンを受講していただき、
セミナーをさせていただいたり、認定講師さんを育てたりとさせていただいていますが、
その話を知っている生徒さんたちはなぜか私が長年レジンアクセサリーの講師をしているのだと思われます。
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ちなみに今は起業して1年8か月。
日本レジュフラワー協会の活動を開始したのが2016年7月。
起業したのが2015年10月。
お教室を始めたのが2015年8月。
アクセサリーの販売を始めたのが2015年4月。

対価を頂きだしたのが2年位前なのにも関わらず、どうして起業して1年目で年間500人も受講してくださる講師になったのか。
なぜレジンアクセサリーを選んだのか。
今回はそんな私の起業ストーリー第1話。

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私がハンドメイドアクセサリーを始めたのは、まだ会社員時代のころ。
同じ部署の同じチームでアクセサリー作りが流行りだしたのがきっかけでした。

最初はパーツを組み立てて、自分だけのアクセサリー!
と思っていたのですが、

 

ただパーツを組み合わせるだけだとつまらない。

誰も持っていないアクセサリーを作りたい。

みんなにすごいと言われたい。

 

という負けず嫌いの気持ちからオリジナルパーツをどうにか作れないかというのでネットで探して見つけたのが
レジンアクセサリーとの出会いでした。
今から7年から8年前の話なんですが、その時はちょうどレジンアクセサリーの第一ブーム。

デザインも今よりとっても少なく、レジン液もなかなか購入することができなかったのですが、その時の私にはつやつやでキラキラでいろんなパーツを封入できるレジンはとってもすごい。感激するばかり。
会社の同僚にもレジンアクセサリーを見せるのがうれしくて仕方がなかったのをよく覚えています。

そんなレジンとの出会いがあったのですが、

その会社でうつ病になってしまい、せっかく楽しく始めていたアクセサリー作りも、出会ったレジンアクセサリーも手につけることができなくなり、テレビもラジオも音楽もすべてが自分を責めている。
家から出れない状態が続いてしまい、何年もアクセサリーのパーツに触れない生活が始まりました。

アクセサリーと出会った当初。
私はネイリストさんのハンドモデルとして、ネイルの練習をしたり、試験に同行したり。
(今でもハンドモデルをしているネイリストさんと私の話:検定を終えてもハンドモデルさんと今でも練習をしている理由

 

うつ病の状態がよくなっても不安障害が併用してしまい、ほとんど家から出ない状態の私は家族以外に顔を合わせるのはハンドモデルをしているネイリストさん。

だから努力しているネイリストさんが、私にとってキラキラ見えてうらやましく感じた。

 

「私も何かしたい。」

 

そんなことを思い始めたのです。

 

 

続き【私の起業ストーリー②】どうしてレジンアクセサリーを仕事にしたの?part2

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うつ病や不安障害になった当初は、この病気になったことがとっても恥ずかしくて、あんまり人にも言えなかったんです。
今ではかなりオープンに話しちゃってるんですが、そのおかげか、

「私もそうなんです」

「先生がそうだってことを知っていたので教室にきてみました」
などの声を聞くようになって、その分、同じ悩みを分かち合って、お話することができてよかったと感じています。

 

本当何事も経験ってこういうことなのかしらって思うぐらいに(笑)
まだレジンアクセサリーを仕事にしようとしたきっかけにもなってませんが(笑)
不定期にて起業ストーリーをお話していきます!

 

「私の起業ストーリー」の他の話を確認する。

 

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